本好きのつぶやき

主に学術書や実用書の感想や思いつきを投稿してます

全体主義について考える1(ブログ初投稿)

 

こんにちは。

現在大学生をさせていただいているODASAKUと言います。

 

このブログの趣旨は趣味である読書で学んだことをピックアップし、そのテーマについて深掘りしてみる+つぶやきといったかんじです。

 

ブログを始めた目的は知識のインプット・深掘りの他にも、皆さんのテーマに関する意見をお聞きしたり、一緒に考えたりすることができれば嬉しいなと思ったこともあります。

 

 

なので、コメントや意見などぜひぜひ突っ込んでほしいです!(切実)

なおブログ初心者のため、変な構成になってたり間違った点などありましたらご容赦ください。

 

 

今回はブログ初投稿ということも兼ねて、読書を始めたころに読んでいた作品からテーマをピックアップしていこうと思います。

 

 

 

全体主義とは

全体があるから個が存在するという論理によって国家利益を優先させる権力思想、国家体制、またそうした体制を実現しようとする運動の総称。歴史的には、とくに1920年代から1940年代中葉にかけて、イタリア、ドイツ、日本などに登場したファシズムの思想をさす。しかし、第二次世界大戦後の「冷戦構造」激化の時代には、米ソが互いの政治体制を非難して(アメリカ側は「スターリン体制」、旧ソ連側は「マッカーシズム」と攻撃)全体主義と呼び合っていた。(コトバンクより)

 

 

このように全体主義の起源は第二次大戦の際から始まり、ファシズム思想全体を指したものから始まったという経緯があります。

 

特に有名なのがドイツのナチスですね。
当時ドイツの不安定な社会情勢の中でナチスが行ったことは、
「共通の敵」を作り出すということです。

 

 

なんのために?
→共通の敵が現れたときの集団心理として、人々は敵に対しそれ以外の味方と団結を強めるというものがあります。

このときの「共通の敵」というのが、ユダヤ人に当てはまります。

 

 

ナチスが国家の求心力を高めるため、結果的に罪のないユダヤ人が迫害されることになってしまったというのが、義務教育でも勉強したファシズムの歴史です。

 

 

この「共通の敵を作り、異分子を排除しよう」とするメカニズム、現代でもよく見られる光景だと思いませんか?

 

例えばいじめの現場やSNSにおけるデマ拡散など、自分や集団を安定させるために弱いものやマイノリティを叩くという行為を克服できていない人々は未だ多く存在しています。

 

 

自分自身もそういった考えを完全になくすことができているとは思いませんが、こういった人間の本能から脱却し理性的になることが

日常から求められるのではないかと考えています。

 

 

特に重要なのが日常からという部分です。

有事の際、人は余裕がなくなって悪意のあるスケープゴートを必要としてしまいます。

 

 

何か現状を打開するような単純明快で安心できる対象はないか、
また誰のせいでこんな目にあっているんだなど、日頃からのマインドセットがなければいとも簡単に流されてしまうのが人間です。

 

 

人間には元来「異分子排除のメカニズム」が組み込まれていることを自覚し、その本能にあらがう習慣やマインドを身につけることの重要性を歴史は教えてくれたような気がします。

 

全体主義についてはさらに深掘りしたいことも多いので、しばらく投稿を続けていきたいと思います。

 

全体主義ナチスについて興味が沸いた方はぜひ本を読んでみることをおすすめします!

 

 

 

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